| 西遊記を読んでいて |
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| 前から興味のあった西遊記の原作に近い日本語訳版を最近少しづつ読んでる。
大人になってから読むと、すごく違和感のある話。 菩薩、観音といえども欲丸出しだし。偉い人はすぐに怒るし。 仏教の話だけど、仏教の信念にそってないんでないかあっと思う。 そして孫悟空だけど。 悪さばっかりしている猿が閉じ込められて500年(だっけな?)も三蔵のくるのを待つんだけど。
その決定的な悪さというのは1,2回ぐらいで。暴れるにしても、根本的な理由は、「あまりに能力の高い猿なので、嫉妬のあまり、天界人にはめられる」というパターンが多い。猿であっても能力を天界で認められて邪険にあつかわれていなければ、そもそも、暴れる理由もなかったわけだ。
孫悟空は暴れん坊で、仏法に帰依して良い猿になったのでなく、 孫悟空の能力が高すぎて、周りが扱いきれなくなって、やっかいになったで、仏法に帰依させることで、その学習に対する好奇心を抑止するという、偉い人の計略にはまった話といえる。
今のところ、西遊記は(手に余る)天才がどういうふうに(年寄り)社会に丸め込まれていくかという話に感じるな。
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6月24日(日)21:22 | コメント(0) | 雑記 | 管理
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