さすらえど
 
しばらくこんな感じで
 

AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する


2007年8月を表示

使わない言葉

学生時代に覚えて、普段使わない慣用句はいっぱいある。
小説や教科書や辞典にしか載ってない言葉。

たとえば、
「覆水盆に返らず」

(英語で言うと It's no use crying over spilt milk.だが)

まあ、やってしまったことはもう戻せない、しょうがないというような意味だが、普通にこの言葉を使うタイミングがないなあと思う。

シャアだったら、「まさに「覆水盆に返らず」とはこのことだな」とか、しれっと独り言をいいそうだけど。

一般の会話ではなかなかだせない。
この言葉を使うより、「ドンマイ」とか「しょうがないね。次回がんばろう」とかの優先的に使ってしまう。
もう時代に合わないし、回りくどいのかなあっと思う。

でも、はっきりいって
せっかく脳に記憶しているのに一生口にださないのはもったいないね。と思うね。
おいらはできる限り普段使わない言葉を会話にいれようとしてるよ。むしろそれを言いたいがために、会話の展開をコントロールしたりする、まあ。「覆水盆に返らず」は非常にいれにくいが。

他に普段使わない言葉として「どすこい」とかあるけど。たぶん使わない人は一生口に出さないのでないかなあ。
おいらは椅子にすわるとき「どすこーい」といって座ったりして、「どっこいしょ」の代わりにたまに使っている。もしかして、日本で一番「どすこい」をいっているのは私かもしれない。

ほか、アニメとかだけでしか聞いたことがない言葉もあるな。

「さよう」(波平)
「いかにも」(波平)
「ばかもーん」(波平)

こんなのは会話として非常につかいにくい。波平も実際は家の中でしか使えないだろう。
会社や街でこんな言葉しゃべっていたらおかしい。(波平って確か役職もついてないはずだし。会社のストレスを家で発散しているタイプなんだろうか。)
まあ、でもどこかで使いたいなあ。

ほか
「まんまとしてやった」とか「武士道とは死ぬことと見つけたり」とか「七転び八起き」とか「ケセラセラだ」とか「泣いても笑っても」とか
「助けてくれー」とか「や・ら・れ・たー」とか「シメシメ」とか「冥土の土産に教えておいてやる」とか いろいろあるけど。
まあ。「落ち」がないので この辺でやめとく。



8月24日(金)17:03 | トラックバック(0) | コメント(0) | 雑記 | 管理

悪魔の陰謀

悪魔の陰謀に気づいてしまった。

皆さん、千円札を取り出そうとしたら、5千円札を取り出してしまうことが多くないだろうか?
そのあとあわてて1,000円札を探す。面倒くさいときは5,000円のままで決済する。
私は多い。

なんでこんなことになってしまうのだろうか?

ずっと謎だった。

やっと気がついたのが、最近。

レストランやコンビニは、お釣りを返すときに、5千円札を下にしてその上に千円札を置いて渡すのだ。
そのせいで、これを内側、折り曲げたときに、5千円札が外にきてしまうのだ。
そのままポケットにいれたり、財布にいれると5千円が次に取りやすい位置に来てしまう。
※基本的に1万円はらって6千円以上のお釣りがあるときだけ。

これは陰謀だろ?と感じる。

理由はわからないが、このせいで我らはいらないカロリーを消費されているに違いない。(財布にいれるときに並べかえたとしてもそれは不当な労働を強いられていることに違いはないのだ)

これは告発に値するか?

まあ、消費者側だけに立った視点では正しい分析とはいえない。
出す方もなぜそうしたいのか、わからんでもない。いや、解るんだが。

「先に大きい方お渡しします。」

というように客に勘定がわかりやすい方にしているのだ。
大きいお札が下にきていないと、客は馬鹿だから、ものを数えられないのではないかと気をつかっているのだ。
この気遣いが消費者に不幸な時間の消費をしいらせるのだ。

じゃあ。どうすればいいんだ。という、賢明なる兄者も多いことだろう。

まあ、簡単にいえば、

「全部電子マネー化する」

いや。まあ、今はその方向に社会は進んでいるので、これは抜きにしよう。
全部電子マネー化するには、あと、20年はかかる。

「先に、大きい方、返します」のときに五千円だけ渡し。
「次に、ちょっと小さい方、返します。」そのあと、千円の束。
その後小銭

というと現在の文化を壊さずにうまくいくのだが、遣り取りが増えるのがカロリーと時間の無駄だ。

ほかに
・千円札を5千円札挟む(ちょっと下品)
・千円札と5千円の方向を変えて出す。(クロス十字)
・いっそうのこと千円札は全部500円玉で返す。(本末転倒)
があるが、どれも現状を超える合理性を打ち立てることができない。

やはり千円の上に5千円を置くのが一番いいのだが、これを美しくないと思う日本人は多いだろう。
この文化を打破するには、一発、有名人がこのことをTVなどで告発して、間違った日本人の気遣いということで、取り上げて問題視してもらうしかないな。
「こちらでよろしかったでしょうか」という間違った日本語も問題視され、少しづつ改善されてきている。

まあ、そんな感じだ。


まあ、なんか、こんな重箱をの隅を突く投稿ばかり書いていると「人間が小さい」とか「細かいことに気使いすぎ」と思われているんではないかと気がしないでもない。
書くことがないので、思いついたことをただ書いているだけ。共感できるといいんだけど。全面的に共感されても困る。あくまで、ちょっとした思いつきをふくらましてみただけというだけで、私の信念ではない。

あと、「先に、大きい方、返します。」という表現は日本語的に間違っているのだが、実はあえて使いました。
そこまで、全てを批判したいわけでないという意味も含めているし。そこにこだわると論点がずれるから。

まあ、そんな感じで。



8月4日(土)12:56 | トラックバック(0) | コメント(0) | 雑記 | 管理

PHP が `J`

PHPとキーボードで打とうして、`J`とでてしまった。なんとなく顔文字ぽいね。

そういえば、子供頃Basicでプログラムを作っていた時代に、リララノとよく間違えて打ったものだ。

なぜかスナミとはあんまりうち間違えなかったなあ。

ミカカまでいくと、もうパソコン通信マニア用語だったし、おいらはそんなにディープでないので、知っていてもあえて使わなかったなあ。(それをディープといわないのか?)

やっぱ死語としては、リララノあたりが一番ノスタルジックを感じていいね。
げ、Googleで検索しても、リララノのって一件しかないよ(しかもHNだし・・・)。

ああ、もうこんな言葉が共感される時代でないのか・・・・僕は長く生き過ぎたのかなあ・・・



8月1日(水)20:52 | トラックバック(0) | コメント(0) | 雑記 | 管理


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