さすらえど
 
しばらくこんな感じで
 

AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する


「人類」とチンパンジーどっちが頭がよいのか

まあ、前回、人間を菌にたとえて、将来人間がとりうる行動を分析してみたが。
今回も視点を変えて観てみようかと思ったわけだ。。

「人類」とチンパンジーどっちが頭が良いか

まあ、当然、「人類」だろうという声が一般的だ。
ただ、あえて、人間とチンパンジーとせずに「人類」としたのは理由がある。
人間の集合を一つの集合体、一匹の動物として考えたらどうだろう。
そうすれば、各人間は一種の細胞みたいなもんである。あえて 「人類」という生物と名づけるわけだ。

そうなる話は違ってくる。
この「人類」はそんなに頭の良い生物だろうか。

たとえば、天井時につるしたバナナをチンパンジーが台と、棒を利用して取らせるという実験が有名だが。
「人類」という生物は チンパンジーの50億倍以上のサイズのある生物なので、まあ、ババナのかわりには、月あたりが適当だろう。
はるか竹取の時代から、人類は月を欲していたわけで欲望の対象としてはちょうど、いいんでないだろうか。

そうなると「人類」とチンパンジーと比べてどっちが賢いか一目瞭然だろう。
奴らは獲得できて、私たちは欲していても辿りつけてないのだ。

異論は認める。極端だから。

ただ、「人類」一つの生物と考えると、チンパンジー並みの知能まで成長していない3歳ぐらいの赤ちゃんと同じぐらいだと感じる。
その様に擬人化していくと、違う様が見えてくるわけだ。

たとえば、「エコロジー」

 想像してほしい。野原に3歳の赤ちゃんがぽつんといて、食事だけはこまらずに、ひたすらウンチを垂れ流している。
 自分のまわりがウンチまみれになったので、これはまずいと思ったので、食事の量をへらして、ウンチの絶対量を少なくすることに挑戦しました。賢いね。赤ちゃん。

たとえば、「地球温暖化対策」
 ちょっと熱くなってきたので、自分の吐く息が温度を上昇すると思い、息を止めてみました。
 永遠におやすみなさい。赤ちゃん。

まあ、こんな感じだ。
「もし地球が100人の村だったら」とか「宇宙船地球号」とかもっともらしいことって、偽善をうったえているが、実はこれは本質をはずす、ミスリードだといえる。
「人類はもし、3才の赤ちゃんだったら」というテーマがもっともふさわしい客観視ではないかと思う。
「エコロジー」しろ「地球温暖化対策」にしろ、約3歳児が考え付いた延命策みたいなものだ。そんなもんクソにならない。
「人類」が向かうべきは新たなる成長であって、現状を維持して何になるんだ。このやろうと思う。

人に「月旅行したいと思うますか?」とアンケートすれば、半数はしたいというだろう。人類(細胞)の総意があるのに、実現できてない。
起きていたいのに、睡魔によって、泣いてしまう子供と一緒ではないかと思ってしまう。今日この頃。



9月5日(金)01:16 | トラックバック(0) | コメント(0) | 雑記 | 管理

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